やまブロ「それでもいいよ、だめだけどね」

ほんとうの意味で『らしさ』が大切にされる世界へ。内側から革命を起こす、奥ゆかしい探究の旅路。

引っ越しました。思うこと、つらつらと。

 

新時代・令和の幕開けから1か月。

「いろんなことが切り替わるのを感じる」という人と、

「別に何も変わらん」という人がいます。

あなたはいかが?

 

ぼくは5月に引っ越しまして、暮らしの習慣が大きく変わりました!

4月に思いたち、そこから令和の風に乗るように事が運び、無事完了!

おかげさまで既に引越しの恩恵を感じる今日この頃で、満足感を覚えております。

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引越ししてたら出てきた

ですが途中、思っていた以上に、反対や疑問の声が投げかけられました。

(会社の異動の予定では)ぼくは来年には大阪に転勤になる可能性が高く(不確定ですが)

◆なぜ今このタイミングで引っ越すのか

◆半年のために引っ越すなんてもったいない

◆どういう魂胆だ

と。。。

まぁ、「引っ越す」となれば(「転職する」とかでも)、単純に「なんで?」「今の何が不満なの?」「何が望みなの?」って思うのは自然なことかなと思えますが、

否定されたときは、「いや待って」「そもそも、個人的な住まいを変更・選択するのって、個人の自由やん」と思いながら、説明に苦慮したものです。

 

以前の住まいではいろいろ優遇されており、通勤には便利で、家賃も実質なく、それはもう有り難いものだったのですが、

寮に似た環境で、ひとりの時間がとーっても大切なぼくには少しずつ負荷があり、

それも自分を整えるフリーの時間が一定程度確保でき、心身ともに元気であればそこまで問題とはならずやっていける面もありますが、

仕事で疲れ果てているような毎日で、それを終えて帰るところもホームではない

というのは徐々に、(うーーん……)という心の声を増大させていきました。

そうなるともう、この優遇で得ているものも素晴らしいけれども、

それによって同時に失っているものもいろいろあることを、無視できなくなっていきました。

もしかしたら来年も東京にいるかもしれないし、ならできるだけ早く動いた方がいい!というのもありましたし、

たとえ半年で東京を出ることになったとしても、あと半年だからってここで我慢するのは違う!とも思いました。

誰しも、あと半年で死ぬ、あと半年でお別れになる、ってなったとき、ならもうあとは辛抱しよう、とはならないじゃないですか。

いや、ならもうあとは辛抱しようってなるものと、ならないものがある。

終わりをはっきり意識するから、今の選択に真剣になる。

この引越しは、ぼくにとって辛抱対象にならないものだったんですな。

 

―――――

でもそんなこと言ったって、仕方ないじゃないか!

―――――

もう本当に、こればっかりなんですよ。外側からも内側からも。

 

こうしたい!と思った途端に、すぐさま入るツッコミ

「でもそんなこと言ったって、仕方ないじゃないか!」

 

本当にそれでいいの?と問われた途端に、すぐさま入るツッコミ

「でもそんなこと言ったって、仕方ないじゃないか!」

 

だって〇〇だもん!と言い訳した途端に、すぐさま入るツッコミ

「でもそんなこと言ったって、仕方ないじゃないか!」

 

就職してから1年2か月が経ちましたが、

この意識がかなり拡大しているのを自覚しています。

 

生きていれば付き物の葛藤であり、この葛藤をどこまで自分の内側に抱えられるか、抱えながら生きていけるか、こそ、豊かな精神性の土壌であり、人生の彩りをつくっていくものとも思っていて、必ずしも否定的に捉えているわけではないですが、

それでも時に、こんな自分がどうしようもなく「しょーもなっ!」と思います。

言いたいことはいろいろあるのに、何も言えなくなっていっている感覚には、

大学時代に自分と向き合い解放していった、その前の頃と重なるものを感じ、

何だか哀しくなることもあります。

 

そんな中、この引越しは、久々に自分発信で断行し

「そんなこと言ったって、仕方ないじゃないか!」

を打ち破る体験であったなと思います。

 

結局は何であれ、得ているものもあれば、同時に何かを失ってもいる。

この事実に変わりはなく、当然、この引越しで失うものだってある。

でも自分の責任で選択すると、それも引き受けられる。引き受けるしかない、ということを引き受けられる。

いい決断をしたと思います。

 

今回学んだことはいくつかありますが、それをひとつ。

ずばり、納得させる説明をしよう、ということでしょうか。(まぁだからってペテン師にはなれませんし、みんな生きている世界が違うので究極には無理なんですけどw)

 

突拍子もなく「これやる!」と言い出す節があるぼくは、将来社長になってもきっとそういうことがあると思うんですね笑

そういうときに、どこまで言葉を尽くして、納得してもらえるよう説明を工夫できるか。ここは怠けてはならないのだと、この度痛感しました。

突拍子もなく、と言っても、大概全てにきっかけや思索の経過はあるんです。

あるんですけど、その全てを共有なんてできてなくて、てかほとんど周りに相談しないので、周囲からすると「突然!なに!」ってなるし、「どうして?」と聞かれてもぼくの中では情報量多すぎて整理しきれず、核心まで行き着くのを待ってもらえないし、話し出すと長くて終わるまで待ってもらえない。いろいろ理由はあるけど、ごちゃごちゃして結局よく分からない。納得してもらえないどころか、伝わらない。

ってなるから、説明しない。何も言わない。言えない。笑

的なね、ところがね、あるんですけどね、これをね、どうにかね。

 

はい。

 

でこのことを受けて思うことがいくつかあるんですけど、それをひとつふたつ。

まず本音とは何か。ということですよね。本音が何か、ということの前提として。

そして本音を言えばそれで納得してもらえるわけでもない。

けど建前の説明(嘘ではないけど、建前)では、納得されない。状況や条件、設定が複雑であればなおさら、取ってつけたような説明では、白々しい。それが本当の理由ではないでしょ?ってなる。(それで納得する人もいるけど。)

 

普通に、世間一般的に考えれば、どうしたって本当のところは納得されない行為行動ってあるわけですよ。

って考えていくと、本当のところを言えば、他人の言うことやることなんて、納得できないことばかりでしょ??……ですよね????( ̄▽ ̄)

お互い様なんだから、納得できないときに牙をむくのはやめようよ、とも思うし、

アナタと関係のあるワタシにとっては大事な問題だから納得できる説明してよ!断行した者勝ちってどうなのよ!同じ船に乗った仲間なんだから!とも思うし。

全く、どうしましょうね。。

 

 

はい。

 

 

それにしても引っ越してよかったことのひとつが、

『寄り道』するライフスタイルを取り戻したこと!

誰かと会ったり、どこかに行ったり…

会社と自宅が離れたことで生まれる余裕。

思考パターンの変化。

「定期券内」が広がることの威力。

 

寄り道があるって、いいですね。

 

 

はい。 

 

 

例によってまとまりませんが、、

そんなこんなで、

令和元年プロジェクト第一弾:引越し

完遂!

 

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ホッと一息。